2013年10月9日水曜日

プロローグ:お笑いレストア道場誕生

はじめに


 このブログは、ミュージシャンの石田ショーキチさんを中心とした3人のクルマ好きが、石田さん所有の1台の1971年式ポルシェ911を通じ繰り広げる、ポルシェの自家レストア記録です。

text by レストア練習生 日岐まほろ


<プロローグ>お笑いレストア道場誕生


 2012年9月17日午後、僕(日岐まほろ)は静岡県のとある別荘地にある音楽スタジオから帰宅する途中、大渋滞の東名自動車道を避け箱根の峠越えの道中にいました。石田ショーキチさんが運転する乗用車に揺られながら。 
 
 僕が石田ショーキチさんと初めてお会いしたのは、その日よりもうひと月ほど前、2012年8月頃のことです。石田さんは東京都町田市にこれから誕生せんとしていた町田市初のご当地アイドル「ミラクルマーチ」の音楽総合プロデューサーとして、そして僕はミラクルマーチの企画母体であった東京都町田市活性化団体「マーチプロジェクト」の当時の企画運営スタッフのひとりという立場で、デビュー楽曲を担当する石田ショーキチさんと元キンモクセイの佐々木良さんにインタビューを行なうという席でのことでした。 

 その時の僕と石田さんとの会話には、そのはじめから終わりまでに「インタビューする側、される側」という形式的な隔たりがどっしりと根ざしており、もちろんポルシェの話など微塵も表出することもありませんでした。


  2012年9月に入ると、楽曲プロデューサー陣によるミラクルマーチデビュー曲の制作も大詰めとなり、CD制作に向けたレコーディングスタジオの選定という段を迎えていました。そこで石田さんに提案いただいたのが、静岡県の別荘地にあるというスタジオでした。レコーディング本番前に一度、スタジオ設備の確認をしておきたいという石田さんの申し出を受け、僕はマーチプロジェクトの運営スタッフのひとりとして、スタジオの下見に行かれる石田さんに同行したのです。下見の日付は9月17日。そう、冒頭の一文は、このスタジオ下見からの帰り道の情景なのです。レストア道場誕生の風が起こったのは、この時の道中でのこと。


 この日偶然にも石田ショーキチさんと1日をともにする機会を得たことで、僕は8月のインタビューの折りには十分に叶わなかった自己紹介のようなものをしました。自分はもともとクルマ好きで、自動車雑誌の編集部員を経て今はフリーのライターをしているということを説明すると、ショーキチさんもご自身が大のクルマ好きで、特に旧車が大好物だと教えてくれました。


 中でも長く所有していたポルシェ914には目がなく、914の改造に際限なくお金をつぎ込んでいたこと、914ベースのレースカーを作っては耐久レースに毎年のように参戦していたこと、また自宅で毎晩のようにクルマいじりに没頭していたことなどを、軽妙な語り口で話してくれたのです。 


 そこで、僕もポルシェは憧れのクルマで、911(特に空冷のビッグバンパー)が好きで、いつかは手に入れたいと思っているということを話題としました。すると、ちょっと間をおいて石田さんが次のように話し出しました。


 僕ね、今ナローを一台手元に置いてあるんですよ。レストアしながら楽しもうと思って、ずいぶん前に買ってきたクルマなんですけど、ただ、もうそうですね、8年くらいはほったらかしにしちゃっていて。いつかレストアしようと思って、パーツなんかも揃えてきてるんですけど。まあ何しろ面倒くさいというか時間がないというか、なかなか手つかずで……。あ、そうだ! ヒキさん手伝ってくださいよ。そしたら作業も幾分楽になるし、何しろ誰かに尻ひっぱたいてもらってでもやらないと、なかなか進まないんですよ。機械いじりは本当楽しいから、自分たちの手で1台のクルマをレストアするって、きっと面白いですよ。


 えぇ! い、いきなり911、ナロー! そのうえレストア……! し、しかも石田ショーキチさんとぉ? 会話の中のわずかな間では処理がおいつかないほど僕にとって魅力的なフレーズが、テトリスのブロックのように石田さんから次々と落ちてきます。その魅惑のブロックが僕の頭の中で整理整頓される前に、僕は答えていました。


 「もちろん、手伝いわせてください! ぜひお願いします」


 東京までの車中、現在自動車雑誌を中心にフリーライターとして活動している僕の守備範囲を活かし、クルマ雑誌の誌面で連載なんかできれば、という提案を石田さんに快諾いただき、その日からナローポルシェのレストア企画書を作りはじめました。


 それから3日後の2012年9月20日、僕はこれまでも執筆の機会をいただきお世話になっている月刊誌「Tipo」(ネコ・パブリッシング 毎月6日発売)の佐藤編集長に連載をご相談し、企画書「ポルシェ911(ナロー)レストア企画 ”労働するからポルシェくれ“(仮題)」をお渡ししたのでした。レストアの手伝いをする分、完成した暁には石田さんに911をお借りして好きなだけ911を乗り回させてもらおう、という魂胆をこめた企画書でした。


 佐藤編集長は企画案と構成案についてアドバイスを2、3くださり、「面白そうだから、やってみたら」と、ありがたいことにその日のうちに連載へのGOサインを出してくれました。

 
 その後、石田ショーキチさんにもTipo誌面での連載展開が決定したことをお伝えし、ナローのレストアが本格的に動き出すこととなります。しかし、その頃僕はひとつの不安を抱えていました。石田ショーキチさんのナローを、まだ実際に拝見したことがなかったのです。そこで僕は、石田さんにスケジュールをいただき、実車を見せていただくことになりました。初対面は2012年10月4日のことです。
2012年10月4日、石田ショーキチさんのナローと初対面。
「気付いたら車内に池ができていたこともありました。
ちょっと穴があいているけど、まあ大丈夫です」(石田さん談)

 僕の感想をハッキリ言えば、911のかたちはしっかりとどめていたものの、それは衝撃的なくらいサビていたように感じたものです。そんな僕の”たじろき“を察したのかそうでないのかはわかりませんが、石田ショーキチさんはナロー前にしながら話し始めます。

 外装なんかは40年前のクルマと思えばきれいなもんですし、内側もサビてはいるけど処理すれば僕らでも直せるレベル。”ポルシェ“って聞くとそれだけでスゴく高くて立派なクルマで、さらに40年前の911をレストアするなんて言うと、それこそ立派なガレージと四柱リフト、それと数百万の予算が必要って思うじゃないですか。でも、そうじゃないアプローチもあるんじゃないかなと、僕は思うんです。だからこのナローのレストアは、この青空駐車場でやりましょう。下回りをのぞきたければ、ジャッキで上げてウマをかければいいんです。そんでもって、僕らが自分の手を油で汚しながら、自分たちの手で完成を目指す。僕も自分の914含め、長いこと旧車いじりはやってきてますから、たいていのことはなんとかなりますよ。


 僕自身、レストア経験はおろか、たいした機械いじりの経験もなかったのですが、911相手だと思うとなにはともあれワクワクして仕方ありません。技術的な面では旧車いじりに情熱を燃やし続けてきた石田ショーキチさんにレストアの師範をお願いし、自分もがっつりと旧車いじりを覚えながらこのナローを社会復帰させよう! そんな闘志がこの時、明確にわきあがったのでした。石田さんが話を続けます。



 自分たちでできる範囲でアイデアを出しながらやっていきましょう。自分のクルマを自分たちで直すんだから、しょーもないアクシデントもあるでしょうけど、それもまた楽しみのひとつですよ。笑いながら進めましょう。そうだ、レストア記事のタイトルなんですけど”お笑いレストア道場“なんてどうです? お笑いレストア道場。いいんじゃないですか。僕らの作業にぴったりですよ、きっと。

 2012年10月、ナロー911レストア企画「お笑いレストア道場」は、こうして生まれました。自動車雑誌 Tipo No.284(2013年2月号)より、レストア企画「お笑いレストア道場」として毎月その模様を好評連載中です。そして、連載ページだけでは記しきれないさまざまな道場での出来事を、このブログに記録していきます。お楽しみください。



 To be continued……